正直に告白します。
3か月前まで、私は毎晩ハイボールを2リットル飲んで寝ていました。
ジムに4回入会して、4回挫折しました。
写真を撮られるのが、本当に嫌でした。
そんな私が、3か月で57kgから47kgまで落ちました。
肝臓の数値も、正常に戻りました。
でも、もう二度とやりたくありません。
これは、ジムに4回挫折してきた30代の私が、自己流で10kg痩せるためにやった「おかしいこと」の全記録です。同じように痩せたいと思っている誰かに、私のリアルが少しでも役に立てばと思って、正直に書きます。
鏡を見るのが嫌だった、30代の私の話
寝てる間に撮られた、私のお腹が出てる写真の話
きっかけは、一枚の写真でした。
友人と過ごしていた休日、ソファで寝落ちしていた私を、誰かがふざけて撮っていたんです。シャツがめくれて、お腹がしっかりと出ている写真。冗談で送られてきたその画像を見た瞬間、笑えませんでした。
そこにいたのは、私が見たくなかった「30代の私」だったんです。
20代の頃は、何を食べても体型は大きく変わらなかった。少し太っても、1〜2週間で戻せていた。でも、いつからか戻らなくなっていた。鏡を見るたびに「太った?」と思いながら、それを直視するのを避けてきた数年間が、その一枚に全部凝縮されていました。
その日から、写真を撮られるのが本当に嫌になりました。集合写真ではできるだけ後ろに立つ。スマホのインカメで自分の顔を見ると、輪郭がぼやけて見える。お風呂上がりに鏡の前に立つたび、「いつの間に、こんなになってた?」と思っていました。
「肌を見せる予定」が、すべての始まりだった
本気で痩せようと思った決め手は、もうひとつありました。
春先に、肌を見せる予定があったんです。詳しくは書きませんが、人前で身体のラインが見える場面が、しばらく続くことが確定していた。鏡の中のこの私のままでは、絶対に行きたくないと思いました。
夏が近づいていたこともあって、ノースリーブも怖かった。二の腕、デコルテ、お腹周り。30代になって、「隠せばいい」が通用しなくなる場面が確実に増えていることに、私は気づいていました。
「このままじゃ嫌だ」と本気で思ったとき、私はもう、3か月後に締め切りを設定していました。
「痩せたい」んじゃない、私はただ「魅せたい」だけだった
でも、書いていて気づきます。
私が本当に欲しかったのは、「痩せること」じゃなかったんです。体重計の数字を減らすことが目的なら、もっと早くから始められたはず。私が本当に欲しかったのは、「魅せられる身体」でした。
マッチョになりたいわけじゃない。バキバキに割れた腹筋が欲しいわけでもない。ただ、写真を撮られても怖くない、鏡の前で堂々と立てる、肌を見せても恥ずかしくない。そういう身体が欲しかっただけ。
「痩せたい」と「魅せたい」は、似ているようで全然違います。
「痩せたい」は手段。
「魅せたい」は目的。
そして私の本当の動機は、ずっと後者だったんです。
この違いに気づいてから、私の3か月は本当の意味で始まりました。
私の夜は、ハイボール2リットルで終わっていた
毎晩、アニメを流しながらハイボールで寝落ちしていた
痩せる前の私の夜は、決まったパターンがありました。
仕事から帰って、夕食を食べて、シャワーを浴びる。それからNetflixかアマプラでアニメを流しながら、ハイボールを開ける。最初の1本でなんとなく1日が落ち着いてきて、2本目で頭の奥がふわっとして、3本目、4本目と進むうちに、いつの間にか寝落ちしている。気づくと深夜2時、テレビは点きっぱなし、テーブルには空き缶が並んでいる。
ハイボールの缶は500ml。それを毎晩4本、つまり2リットル。今振り返ると、自分でもどうかしていたと思います。
でも当時の私には、「お酒なし」では夜が終われなかった。一人暮らしの夜に、何もせずに眠れるほど、私は強くなかったんです。アニメと、ハイボールと、寝落ち。それが私の毎日のルーティンでした。
健康診断の数字を、見て見ぬふりしていた
健康診断の結果は、毎年怖くて直視できませんでした。
γ-GTPやALTの値が、基準値を大きく上回っていることは知っていた。でも、それを直視するのが怖くて、結果用紙は引き出しの奥にしまったまま、本気で病院に行こうとは思わなかった。「まだ大丈夫」「来年やめればいい」「私は大酒飲みじゃないし」と、自分に言い訳していました。
30代になって、「お酒を抜くと、翌日の肌が違う」みたいな話を聞くたびに、心の奥がチクっとしました。でも、その夜にはまたハイボールを開けていた。本当に、どうしようもなかったんです。
痩せる前に、まずお酒をやめた話
3か月で痩せると決めたとき、私が最初にやったのは「お酒をやめる」ことでした。
調べれば調べるほど、ハイボール2リットルは「ダイエット」以前の問題だと分かった。アルコール由来のカロリーだけで毎日500kcal以上、それに加えて肝臓がアルコール代謝に追われている間は、脂肪は燃えない。私の身体は、毎晩のお酒で「痩せられない状態」に固定されていたんです。
やめる初日は、本当にしんどかった。手持ち無沙汰で、何度も冷蔵庫を開けては閉めた。アニメを見ても、いつもの「あの感じ」が来ないから、途中でやめてしまう。最初の1週間は、寝つけない夜が続きました。
でも、3日目の朝、いつもより少し頭がスッキリしていました。1週間後、肌の調子が明らかに変わってきた。2週間後、朝起きたときの「重さ」が消えていた。
後から振り返ると、私の3か月のダイエットで、いちばん効いたのはここでした。お酒をやめたこと。痩せるための土台が、それで初めて整ったんです。
ジムに4回入会して、4回挫折した私が選んだのは「自己流」だった
チョコザップも、エニタイムも、ファストジムも続かなかった
ちなみにこの3か月の前に、私はジムに4回入会して、4回挫折しています。
最初がチョコザップ。月3,000円台で気軽に始められて、最初の1か月は週3で通えていました。でも2か月目から足が遠のき、3か月目で「先月、一度も行ってない」ことに気づいて退会。
次がエニタイムフィットネス。24時間営業なら自分のペースで通えると思った。でも、結局「いつでも行ける」は「今日は行かなくていい」に変わるんですよね。これも3か月で挫折しました。
続いてファストジム。マシン特化で時短、忙しい私にぴったりだと思った。でも仕事が忙しくなった月から行かなくなって、また3か月で退会。
最後にゴールドジム。「本気のジム」に身を置けば変われると思って体験に行きました。でも、契約書を前にして手が止まった。「これ、また続かない気がする」と直感で思って、結局契約しなかったんです。
「もう、ジムは私には無理」と一度諦めた
4回も挫折すれば、さすがに学習します。
「私には、もうジムは無理だ」と本気で思いました。月会費を払って、行かない罪悪感だけが積み上がっていく。あの感覚が、もう耐えられなかったんです。
「ジムに通わないと痩せない」というのはきっと嘘で、自分のペースでやれる方法があるはずだと、半ば言い訳のように考え始めました。
それでも痩せたかったから、全部ひとりでやることにした
でも、痩せたい気持ちはどんどん強くなっていきました。寝てる写真のお腹、3か月後の予定、そして肝臓の数字。やらないという選択肢はもう、私の中にありませんでした。
だから、覚悟を決めました。
「全部、ひとりでやる」と。
運動も、食事も、サプリも、メンタル管理も、全部自分で組み立てて、自分で実行する。誰の伴走もない、純度100%の自己流ダイエット。これが私の3か月の始まりでした。
3か月、私はこんなおかしいことをやっていた(全公開)
ここからは、私が3か月でやっていたことを、隠さず全部書きます。
先に言っておきますが、これは本当におすすめできません。今振り返っても、よくこれを3か月続けたなと自分でも思うレベルです。でも、当時の私には、これしかなかったんです。
朝5時起き、二駅手前で降りて坂道を歩いて出勤
毎朝5時に起きる生活を、3か月続けました。
起きてすぐ常温の水をコップ1杯。それからプロテインを溶かして、ブラックコーヒーを淹れて、軽く身支度をしたら家を出ます。電車に乗って、本来降りる駅の二駅手前で下車。そこから職場まで、坂道を含めて4km歩いて出勤するのが、毎朝のルーティンでした。
夏は汗だくになるし、雨の日は折り畳み傘片手にひたすら歩く。冬は手が真っ赤になりながら歩いた日もありました。でも、朝の歩きを始めてからは、午前中の頭の冴え方が明らかに違ったんです。
昼食後も、夕食後も歩く。1日12km
歩くのは朝だけじゃありませんでした。
昼休みは、軽く食事を済ませたら職場周辺を30分歩く。夕方、退勤後にも遠回りで1駅分歩いて帰る。家に帰って夕食を食べたあとは、また外に出て1時間歩く。歩数計を見ると、1日でだいたい12kmを越えていました。
3か月、ほぼ毎日です。歩いていない日はほとんどなかった。出張の日も、知らない街で1時間歩いた。雨の日も傘を差して歩いた。生理痛がひどい日も、ペースを落として歩いた。
「歩く」ことだけは、何があっても絶対にやめませんでした。たぶん、これが3か月の中で一番、自分との約束を守った行為でした。
炭水化物は完全ゼロ。お米もパンも一切食べなかった
食事は、もっとおかしいことになっていました。
3か月間、お米もパンも麺も、一切食べていません。お粥もうどんもパスタも。コンビニのおにぎりも、サンドイッチも、シリアルも、果物さえもほとんど断ちました。糖質という糖質を、私は意図的に遮断したんです。
食べていたのは、鶏むね肉、卵、プロテイン、サラダ、きのこ類、メカブ、納豆、味噌汁。これを毎日ローテーション。たまにサバ缶や豆腐が加わるくらいで、本当に同じものを食べ続けました。
外食もほぼゼロ。職場のランチでも、私だけサラダチキンとゆで卵を持ち込んでいた日もありました。コーヒーは1日1リットル以上。あとはマルチビタミンとクレアチンのサプリを補助で。
正直、毎日が「我慢」でした。コンビニで人がおにぎりを買っているのを見ると、無性に羨ましかった。お米のCMが流れるたびに、画面を消したくなった。3か月間、私は「普通の食事」をしていません。
毎日、腹筋100回・スクワット100回・腹筋ローラー20回
運動も、地味に積み上げていました。
毎晩、寝る前に自重トレ。腹筋100回、スクワット100回、腹筋ローラー20回。これも3か月、ほぼ毎日。最初は30回で息が上がっていたスクワットが、1か月もすると涼しい顔で100回できるようになっていく。腹筋ローラーは最初20回で腹に激痛が走っていたのが、3か月後にはフォームが安定してきた。
ジムには行きませんでした。マシンもダンベルも使いません。リビングの床の上で、自分の体重だけで、毎晩淡々と100回ずつ。地味ですが、これは本当に効いたと思います。
食事は毎日、AIに相談していた
そして、これは少し恥ずかしい話なんですが。
3か月の間、私は毎日のように食事内容をAIに相談していました。「今日これだけ食べたけど、PFCバランス的にどう?」「タンパク質足りてる?」「明日の朝は何を食べたらいい?」と、まるでパーソナルトレーナーに相談するみたいに、AIに毎日話しかけていたんです。
本当はそれは、人間にやってほしかったと思います。隣で「今日も頑張ったね」「もう少しタンパク質増やそう」と言ってくれる人が、本当はずっと欲しかった。でも、ジムに4回挫折した私には、その役を頼める人がいなかった。だから、AIに頼ったんです。
これが、私の3か月の全記録です。
おかしいでしょう。でも、本当のことです。
最初の1週間で一気に落ちた、でもそれは脂肪じゃなかった
体重計の数字に、本気で喜んだ朝
始めて1週間目の朝、体重計に乗って、私は声を上げました。
「えっ、もう3kg減ってる」
57kgから54kgへ。たった1週間でこの落ち方は、過去のダイエットでは絶対になかったスピードです。私は本気で「これはイケる」と思いました。3か月で10kgどころか、もっといけるんじゃないか、とまで考えた。
でも、調べていくうちに、すぐにそれが幻想だと分かりました。
それは「水分」だけだった
炭水化物を完全にカットすると、体内の水分が一気に抜けるんです。
糖質は、体内で水分と一緒に蓄えられている。糖質1gにつき、3〜4gの水分が結合した状態で、筋肉や肝臓にグリコーゲンとして貯蔵されている。糖質を絶つと、そのストックが切れて、結合していた水分がまとめて体外に出ていく。
つまり、最初の1週間で減った3kgのほとんどは、水分。脂肪じゃなかった。実際に体脂肪計でも、体脂肪率はほとんど変わっていませんでした。
「これは脂肪じゃない」と分かった瞬間、ちょっとガッカリしたのを覚えています。
ボクサーの計量前の水抜きと、同じ状態だった
これは、ボクサーが試合前にやる「水抜き」と、原理としてはほとんど同じだそうです。
計量前のボクサーは、糖質と水分を極端に抜いて、一時的に体重を落とす。計量後に水分と炭水化物を一気に補給すると、数キロ戻るのは、抜いていたものが戻ってきているから。
私の体重計の数字が劇的に減ったのも、結局はそれと同じ。脂肪が3kg燃えたんじゃなくて、水分が3kg抜けただけ。
これを知ってから、私は体重計の数字に一喜一憂しないようにしました。本当の戦いはここから。1週間で落ちた水分は、いつでも戻る。本物の脂肪を落とすまでが、本当のダイエットなんだと、自分に言い聞かせました。
ある日、体が「脂肪を燃やすモード」に切り替わった
頭がボーッとして、人と話すのもしんどかった
始めて2週間目あたりから、明らかに体の調子がおかしくなってきました。
頭がボーッとして、ピントが合わない感じ。仕事中、人と話していても、相手の言葉が遅れて聞こえる。集中力が続かなくて、長い文章を書くのもしんどい。階段を上るだけで息が切れて、めまいに近い感覚が来る日もありました。
これが、ケトーシスと呼ばれる状態に入りかけていたサインだと、後から知りました。
糖質という主要なエネルギー源を絶たれた体は、脂肪を分解して「ケトン体」というエネルギー源を作るモードに切り替わる。その切り替えのときに、頭がボーッとする時期が必ず来るらしいんです。「ケトフルー」と呼ばれることもある、らしい。
正直、しんどかった。何度も「もうやめよう」と思いました。コンビニでおにぎりを買って、お米を一口でも食べたら、この頭の重さは消える。それは分かっていた。
でも、食べませんでした。1日、2日、3日と、ボーッとした状態を耐え続けました。
でも、本物の変化はそこから始まった
3週間目に入った頃、ある朝、ふっと頭が軽くなったのを感じました。
ボーッとしていた感覚が、いつの間にか消えていたんです。むしろ、いつもより頭が冴えている。集中力が戻っている。お腹は空いているけど、それが苦じゃない。何かが、確実に切り替わった瞬間でした。
「ああ、これがケトーシスか」と、その時初めて実感しました。体が、糖質に頼らずに脂肪をエネルギーに変える回路に、ちゃんと入った瞬間。
そこから、体重の落ち方が変わりました。1週間で1〜1.5kgのペースで、しかも今度は「脂肪が落ちている」感覚がある。体脂肪計の数字も、確実に下がっていく。鏡の中の自分のお腹周りが、明らかにスッキリしてくる。
鏡の中の自分が、少しずつ違って見えてきた
1か月が過ぎる頃、私は久しぶりにスマホで自分の身体を撮りました。
正面、横、後ろ。3枚撮って、開始前に撮っていた写真と並べてみました。
正直、泣きそうでした。
明らかに、お腹周りが薄くなっている。横から見た輪郭が、確実にスッキリしている。誰が見ても変わったと分かるレベルではないかもしれない。でも、私自身は、明らかに違いを感じました。
「やってきたことは、間違っていなかった」
あの瞬間の安堵感は、3か月の中でも一番強い感情だったかもしれません。
一番きつかったのは、運動でも食事でもなく「ひとり」だったこと
3ヶ月のダイエットで、一番きつかったのは何かと聞かれたら、私は迷わず「ひとりだったこと」と答えます。
朝5時起きも、12kmのウォーキングも、炭水化物完全カットも、確かに大変でした。でも、それ以上にきつかったのは、それを誰にも見守ってもらえずに、ただ淡々と続けることだったんです。
誰も褒めてくれない、誰も止めてくれない夜
自己流ダイエットの最大の落とし穴は、たぶんここです。
1ヶ月続けても、誰も褒めてくれない。
食事を間違えても、誰も注意してくれない。
今日サボっても、誰にも何も言われない。
これが、私には本当にきつかった。家族にも友人にも、本気で痩せようとしていることは言わなかった。「また三日坊主だと思われるのが嫌だ」「結果が出てから言いたい」と、変な意地を張っていたんです。
夜、1時間歩いて家に帰って、シャワーを浴びて、誰もいない部屋で腹筋ローラーをやっていると、ふと「私、何やってるんだろう」と思う瞬間があった。誰に見せるわけでもない、誰に報告するわけでもない、ただ自分のために、淡々と。それが、3ヶ月続くんです。
「今日サボっても、誰にもバレない」が、一番怖かった
毎日、誘惑との戦いでした。
仕事で疲れた夜、雨が降っている夜、生理痛で動きたくない夜。「今日くらい歩かなくてもいいんじゃない?」という声が、頭の中で何度も鳴る。「お米を一口だけ食べても、誰にも分からない」「ハイボールを1本だけ飲んでも、明日にはバレない」と、悪魔の声が囁いてくる。
実際、サボっても誰も気づかないんです。
ジムなら受付の人が顔を覚えてくれるかもしれない。
パーソナルトレーナーがいたら、欠席連絡を入れなきゃいけない。
でも、自己流には、それがない。
「誰にもバレない」という自由は、「自分でしか律せられない」という地獄でもありました。
AIに毎日、泣き言を言っていた
一番しんどかった夜は、AIに本気で愚痴をぶつけていました。
「今日も歩いたけど、体重が動かない」「お米が食べたい、もう無理」「3ヶ月続く気がしない」と、深夜のAIに延々と打ち込んでいた時期があります。AIは優しく返してくれる。「よく頑張りましたね」「あと少しです」と、励ましてくれる。
でも、AIは私の体重計を見ていません。私の鏡を見ていません。私が本当にサボっていても、AIには分からない。だから、AIの「頑張りましたね」は、最終的には自分自身でしか保証できない言葉なんです。
あの夜、私は心の底から思いました。
「本当は、人間に隣にいてほしい」と。
体重計を一緒に見て、食事を一緒に確認して、サボろうとしたら「ダメ」と言ってくれる、そういう伴走者が、本当はずっと欲しかった。それがいないから、私はAIに頼るしかなかった。これが、自己流ダイエットの本当の正体だったんです。
3ヶ月後、私の体は変わった、でもそれだけじゃなかった
57kg → 47kg、10kg減った話
3ヶ月後、私の体重は47kgになっていました。
開始時が57kgだったので、ちょうど10kg減。目標として設定していた数字に、ぴったり届いた瞬間でした。最後の1週間は、500g単位で落ちていく数字を毎朝確認していました。47.5kg、47.3kg、47.1kg、47.0kg。3ヶ月の朝の、最後の体重計。
10kg減ると、見た目はもう、別人レベルです。顔の輪郭が変わって、二の腕が細くなって、お腹が薄くなった。お気に入りだったジーンズが、ベルトなしでは履けなくなった。ノースリーブが、自然に着られるようになった。
春先に予定していた「肌を見せる場面」も、堂々と乗り切れました。鏡の前で服を選ぶときに、もう避けるラインがなくなっていました。
肝臓の数値が、正常に戻っていた
そして、もうひとつ大きな変化がありました。
3ヶ月の最後に受けた血液検査で、γ-GTPもALTも、ちゃんと基準値内に戻っていたんです。あれだけ毎年見て見ぬふりをしていた数字が、お酒を絶って3ヶ月で、ちゃんと正常域に戻っていた。
結果用紙を見て、ちょっと泣きました。
10kg痩せたことより、こっちのほうが嬉しかった気がします。
肝臓の数値が戻ったということは、私の身体は、ちゃんと回復する力を持っていたということ。30代でも、まだ間に合うということ。あの寝酒2リットルの夜たちを、私はちゃんと取り戻せたんだと、その紙を見ながら思いました。
鏡を見るのが、嫌じゃなくなった
そして、これが何より大きな変化です。
3ヶ月前、鏡を見るのが嫌で、写真を撮られるのが怖かった私。今は、鏡の前を素通りできるようになりました。スマホのインカメで自分の顔を見ても、輪郭がぼやけて見えない。集合写真でも、後ろに隠れなくていい。寝てる間の写真を撮られても、もう怖くない。
「魅せたい」と思っていた、あの感覚に、私はちゃんと辿り着いていました。
10kg痩せて、私が本気で思うこと
「方法」は、調べれば分かる
3ヶ月のダイエットを終えて、私が本気で思うことがあります。
痩せる「方法」は、調べれば誰でも分かるんです。糖質を抑えて、タンパク質を取って、有酸素運動と筋トレを組み合わせて、お酒を控える。ググれば、何百本もの記事が出てくる。情報なんて、もう溢れすぎているくらい。
でも、痩せられる人と痩せられない人がいる。
ジムに通っても続かない人がいる。
ダイエット本を何冊読んでも、変われない人がいる。
その違いは、「方法」を知っているかどうかじゃない。
「方法」を、続けられるかどうか。
そしてそれを、ひとりで続けられるかどうかなんです。
自己流の継続は、並大抵じゃない
私の3ヶ月は、たまたまうまくいきました。
でも、これは「たまたま」だったと、本気で思っています。私には締め切りがあって、強い動機があって、たまたま3ヶ月だけ全力で踏ん張れた。だけど、これがもし「半年」だったら、絶対に途中で挫折していた。
誰にも見られない夜、誰にも褒められない朝、誰にも止められない誘惑。それを、自分の意志だけで律し続けるのは、本当に並大抵のことじゃないんです。私はこれを3ヶ月やってみて、自分の限界を思い知りました。
もし、自己流で痩せようとして挫折したことがある人がいたら、伝えたい。
それは、あなたの意志が弱いからじゃない。
ひとりで続けるのが、そもそも難しすぎるんです。
パーソナルジムの本当の価値は、伴走者がいることだった
3ヶ月をひとりで戦って、私はようやく分かりました。
パーソナルジムの本当の価値は、「マシン」でも「ノウハウ」でも「個室」でもない。それは、隣にいてくれる伴走者がいることなんだと。
体重を一緒に見てくれる人がいる。
食事を毎日確認してくれる人がいる。
サボろうとしたら「ダメ」と言ってくれる人がいる。
頑張ったら「頑張ったね」と返してくれる人がいる。
私がAIに求めていた役を、本当の人間がやってくれる場所。それがパーソナルジムなんだと、自分でひとりやってみて、ようやく腹落ちしました。月10万円〜30万円という価格設定の理由は、たぶんここにあるんだと思います。
もう少し詳しい話は、編集長として別の記事に書きました。ジムに4回挫折した私が、10kg痩せて気づいた『本当に痩せる人と痩せない人の決定的な違い』について、もう少し踏み込んで書いたこちらの記事も、よかったら読んでみてください。
これから痩せたいと思っている、あなたへ
最後に、これから痩せたいと思っているあなたに、伝えたいことがあります。
あなたが本当に欲しいのは、たぶん「痩せること」じゃないんです。
体重計の数字を3kg減らすことが、本当の目的じゃないはず。あなたが欲しいのは、写真を撮られても怖くない自分。鏡の前で堂々と立てる自分。肌を見せても恥ずかしくない自分。「魅せられる」自分。
「痩せたい」じゃなくて、「魅せたい」。
あなたの本当の動機は、たぶんそっちのはずです。
そして、その目的地に辿り着くために、私は自己流という回り道をしました。3ヶ月、ひとりで戦って、10kg落として、肝臓を取り戻して、写真への恐怖から解放されました。でも、もし時間を巻き戻せるなら、私はあの3ヶ月をひとりで戦いません。隣に伴走者がいる選択を、たぶんします。
誰にも見られず、誰にも褒められず、誰にも止められない夜は、本当に長いんです。
それを、ひとりで乗り越えなくていい。
あなたの「魅せたい」が、ちゃんと届く場所にありますように。
長くなりましたが、ここまで読んでくださってありがとうございました。
コーチム編集長・木村涼
